組織の効率化を目指すとかえって非効率になることもある

 

  • ある小さな学会の運営に携わっているのだけど、最近上層部が「効率化」と突然騒ぎ出した。それで強引に組織再編を進めたもののうまくいかず、大会開催のような基本的な業務さえ滞るようになってきている。
  • 上層部の言い分は「学会の高齢化が進んでいる。少人数でも学会運営できるように、委員会再編をして委員会の数を減らすべきだ」というものだ。一方、たぶん多くの理事は、「急にこんな強引な委員会再編をしたら混乱が起きるに決まっている。面倒ごとに巻き込まれたくないから委員長なんて引き受けたくない」という気持ちで委員長を断っている。つまり、上層部としては効率化を目指しているのだけど、その進め方が強引すぎるために、結果的に人心が離れ、誰からも協力を得られないという極めて非効率なことになっている。
  • 社会学には「ソーシャルキャピタル」という概念がある。組織や集団において、人々の信頼関係が醸成されていたり、規範を遵守しようという意識がしっかりしていたりすると、みんなで何かをやろうというときに協力が得られやすい。そういう、協力を促進するような人と人のつながりをソーシャルキャピタルという。先に挙げた例だと、学会上層部は効率化を追求しすぎて学会内のソーシャルキャピタルを破壊し、結果的に誰からの協力も得られないという非効率に陥っている。
  • 「ばかだねえ、ほんとにばかだねえ。なんだい、大学の先生ってもっと頭の良い人たちじゃなかったのかい。いい年した大人が雁首揃えて餓鬼みたいなことやってんだね」とか思うけれど、たぶんこの手の話はあちこちに転がっているんだと思う。組織を再編するとか、新しいシステムを導入するとか、そういう風にして作業効率がたとえば最大1.5倍になるとしても、ソーシャルキャピタルが壊れて誰も協力してくれなくなったらアウトプットはゼロになる。すると作業効率もゼロ倍であって、つまり虚無ということになる。会社だったら給料を払われてるからそれでも渋々みんな働くだろうけれど、学会運営みたいな一種のボランティア仕事だとそういうわけにはいかない。そして会社だろうが学会だろうが、ソーシャルキャピタルが壊れれば人々のモチベーションがだだ下がりになるので、いずれにしても効率は下がる可能性が高い。不正が発生するリスクだって高まる。そういうのを防止しようと監視システムみたいのを導入しようとすれば、信頼関係にひびが入ることでますますソーシャルキャピタルが壊れて、人々はその監視システムの裏をかこうとするだろう。監視のためのコストはうなぎ登りになり、いつしか組織の最大の目標は監視そのものになるという阿呆みたいなことになりかねない、というかたぶん大学はほとんどそんな感じになっている。教員は日々、わけのわからん誓約書を書かされ、時間の無駄でしかないコンプライアンス・テストを受けさせられて消耗している。
  • けっきょくのところ、組織というのは協力行動を促すための道具にすぎない。ひとりでマンモスを狩ろうとしても大抵は踏み潰されて死ぬけれど、みんなで協力すれば成功確率は上がる。だけど、そのたびに「マンモス狩りに行く人このゆびとーまれ!」とか言ってたらラチがあかない。「雨が降ってるからやだ」「まだお布団でぬくぬくしてたい」とかとぼけたこと言う奴もいるだろうし、もっとシステマティックにマンモス狩りができるように組織化する必要がある。重要なのは協力が達成できるかどうかだ。画期的なシステムを導入して情報の流れをスムーズにするとか作業内容を簡略化するとかも大事だけど、優先順位でいったら二番手以下だ。なぜなら、どんなに情報の流れがスムーズで、作業内容が簡単でも、そもそも誰も協力したくなかったら意味が無いからだ。GPSでマンモスの位置情報がApple Watchで確認できたって、社員がみんなApple Watchで『原始人100万年』みたいなセクシー動画見てたらどうしようもないでしょう? それで、ムリヤリ協力させるために、給料を上げたり、罰を与えたり、監視したり、といったことをすることもできるけど、そういうやり方はコストがかかるし、場合によってはソーシャルキャピタルが壊れることで、かえって協力が得られなくなることもある。気づいたら社長一人でマンモスに立ち向かってて、踏み潰されてペラペラになってたりして。だからもっとシンプルに、ソーシャルキャピタルを大事にした方がずっと効率的だと思う。
  • ただそこで問題なのは、どうしたらソーシャルキャピタルをもっとしっかりしたものに育てていけるかが学術的にはあんまりわかってないことだ。たぶん、マンモスに石槍を刺した人を「よ! マンモスハンター!」とおだてたり、社長のおごりでマンモス鍋大会をやってみたり、ときどき面談をやって社員の悩みを聞いてあげたり、といったことなのかなあ、とは思う。でも、それをリスト化して全部やってみても、うまくいかない人はうまくいかないだろう。社員からしたら「マンモス鍋大会とかうざ」って思ってるかもしれないし、「面談ってさあ…。こっちが何言ったってどうせあの社長は自分の聞きたいことしか聞かないよ」と諦めてるかもしれない。そういうわけで、世の社長たちはソーシャルキャピタルなんていう得体の知れない物に手を出すのを恐れ、「情報の流れをスムーズに!」とか「作業内容の簡略化を!」みたいな安易な手段に訴えようとする。しかしそうするとソーシャルキャピタルが壊れてしまって、みるみる効率がだだ下がりになっていく。そして最後は社長がマンモスに踏まれペラペラになる。だからペラペラになりたくなければ、画期的なシステムを導入するとか、誰かのつくったリストを機械的に実行するとかじゃなくて、自分の頭で考えて、どうすればソーシャルキャピタルを育てられるのか試行錯誤するしかない。「ええー!? めんどい」ってITマンモス社長からしたら不満かも知れないけれど、そもそも他人を相手にするのはめんどくさいものなのですよ。