読書のハードルとその下げ方

はじめに

  • Googleが、検索時に一度に表示される件数を10件じゃなくて20件とか30件にしてみたらどうなるんだろう? という実験をしたことがある。すると、表示件数を増やせば増やすほどユーザーがどんどん離れていくという結果となった。頭のいい人たちが色々検討したところ、どうも表示にかかる時間が問題みたいだとわかってきた。つまり、表示件数が増えると処理が煩雑になるので表示にかかる時間が長くなるのだ。といっても大した時間じゃない。せいぜい0.5秒くらいの、ほとんど気づかないくらいの時間だ。それでも無視できないだけの数のユーザーたちが離れてしまった1。人はちょっとでも嫌なことがあるとすぐやめてしまうものなのだ。
  • さて、これを、習慣継続の問題に置き換えて考えてみよう。つまり、英単語の勉強を継続するとか、ダイエットの習慣を継続するとかの問題だ。するとこれは、「待ち時間が伸びたせいでGoogleを使うという習慣が継続できなくなってしまった」というふうにも読み替えることができる。すると、次のようなことが言える。すなわち、人間はちょっとハードルが上がっただけで習慣を継続できなくなってしまう無能者なのだ。
  • かように無能者である人間どもは、それでも習慣を継続したいと切に願う。いつまでもこんな俺ではない、今に見てろよ、というわけだ。習慣継続を諦められない無能者がやるべきことは一つしかない。ハードルをギリギリまで下げることだ。
  • 今回は、「本を読む」という習慣をいかに継続するか、ということを題材にして、ハードルの下げ方を考えてみる。多分、題材が変わればやり方も変わってくるだろうけれど、題材を固定しないと話が発散するのでとりあえず今回はこれでいく。

本を読むハードル

  • 本を読むことのハードルとはなんだろう? まずはハードルを特定して、しかるのちにそれぞれについて吟味し、高さの下げ方を考案していこう。
  • まずは適当に列挙してみる。

    • 難しい
    • 楽しくない
    • 本が重くて持つのが疲れる
    • 時間が取れない
    • 周りがうるさい
    • 疲れてて眠たい
    • 本がどっか行っちゃって探してるうちに日が暮れていた
    • 読んでも読んでも代わり映えしない自分の人生を省みて絶望してしまう
    • 会社で嫌なことがあって思い出してしまうから本の中身が全然入ってこない
    • 明日のプレゼンが心配で本なんか読んでらんない
    • 素晴らしい本だと思って読んでたのにネットで辛辣なレビューを読んでしまって虚無感に襲われている
    • 体を壊していて本なんて読むと吐いちゃう
  • これらのハードルを3つにカテゴライズしてみる。

  • 本自体に関するハードル

    • 難しい、楽しくない、本が重くて持つのが疲れる、素晴らしい本だと思って読んでたのにネットで辛辣なレビューを読んでしまって虚無感に襲われている
  • 読書環境に関するハードル

    • 時間が取れない、周りがうるさい、本がどっか行っちゃって探してるうちに日が暮れていた
  • 自分の身体状況や精神状況に関するハードル

    • 疲れてて眠たい、読んでも読んでも代わり映えしない自分の人生を省みて絶望してしまう、会社で嫌なことがあって思い出してしまうから本の中身が全然入ってこない、明日のプレゼンが心配で本なんか読んでらんない、体を壊していて本なんて読むと吐いちゃう

それぞれのハードルの下げ方

本自体に関するハードルの下げ方

本を軽量化する

  • 本自体のハードルを下げる手っ取り早いやり方は、ミニ四ファイターよろしく軽量化を徹底することだ。
  • 本は結構重い。『三体』が売れてるから俺も三体を、と買ってみても、400ページ以上の本をハードカバーで読んでると腕や肩に疲労が蓄積してくる。すると、読みかけの『三体』を手に取るのがだんだん苦痛になっていき、気がつくと積ん読になっている。
  • もしKindle版が出ているのなら、スマホタブレットで読むとよい。紙の本しかないのなら、ページを破るとよい。つまり、「今日は20ページ読むから20ページ分ね」とビリッと破いてクリアファイルにでもブチ込んでおくのだ。本好きの人からしたら狂気としか思えないだろうけれど、本は読まないとただの鈍器なので、誰かを他殺する予定が無いのならさっさと破って読んだ方がお得だ。

少しずつ読む

  • こうやって本が軽くなっただけではまだハードルは高いままかもしれない。「今どきマクロ経済学くらい勉強しとかないとワイドショーのコメンテーターとかに騙されるから、いっちょ勉強しとこうかなあ」と決意しても、マクロ経済学の教科書は長ったらしいし、入門書でも初学者にはそれなりに難しい。だから、本の中身を理解すること自体のハードルを下げる必要がある。
  • といっても、「易しい本にレベルを下げる」ということではない。あまりに易しすぎる本は内容を端折りすぎていることが往々にしてある。読んでも頭に残るのは筆者の偏ったプロパガンダだけ、ということもありうる。
  • どうすれば、本の中身を理解するハードルを下げられるのか。1日当たりのノルマを短めに設定する、というのがオーソドックスなやり方だろう。たとえば『クルーグマン マクロ経済学 第2版 』は全部で777ページもあるけれど、1日5ページずつをノルマにすれば5ヶ月ちょっとで読める。練習問題があったり、目次や索引のページがあったりもするので多少伸び縮みはあるだろうけれど、まるまる1年かかるということは無いだろう。
  • 「本1冊に1年も!?」という人はいるかもしれないけれど、たいていの人は年度末に1年を振り返ってみて、「俺、この1年で何も成長してないなあ…」という虚無感に襲われる人生を送っていると思う。1年足らずでマクロ経済学の基本をマスターできるのなら決して悪い投資ではない。その調子で10年勉強をつづければすごいことになっているだろう。何がすごいかは知らないけど。
  • このやり方で問題なのは、細切れに勉強していると流れがわからなくなっていくことだ。だから、毎日のノルマを読む前に、昨日のノルマ分のページで線を引っ張ったところを簡単に見直しておく。あと、1ヶ月に1回くらい、先のページに進むのを休んで、線を引いたところの見直しだけをやる。復習をこまめに入れることで流れの理解をキープするわけだ。復習に時間をかけすぎるとハードルが上がってしまうので、線を引くのはなるべく少なめにするのがポイント。

餌をばらまく

  • それでも本を読むのはつらい。かわいいものが無数に出てくるかわいいアニメを見ていた方がほっこりするし、誰しもほっこりしたいものだ。
  • それなら、かわいいアニメを流しながら読書すればいい。つらくなったら顔をあげてかわいいものを見る。そうしてほっこりし、エネルギーをチャージした上で、また本の世界にダイブする。BGMにアニソンを流してもいい。ただ、歌詞が聞こえると気が散るので、ボリュームを下げるか、何言ってるかわかんないエキセントリックな歌詞の曲にした方が良いだろう。
  • 1ページ読んだら花林糖1つ食べて良いとかルールを決めてもいい。ティッシュの上に花林糖を5本並べておいて、食べ終わったときにはその日のノルマが終わっている、ということになる。なんだかとっても風流だ。

本を読む目的を変える

  • そもそもその本の価値が信用できなくなって、読み進められなくなるということもあると思う。「これは俺の人生を変えてくれる本だ!」と思って買ったのに、Amazonレビューをみたら長文でその本がいかにクソかが丁寧に説明されている。萎える。
  • そういうときは、企画を変えてみると良いと思う。ブログでも始めて、その本が本当にクソなのかどうかを検証してみる。検証してみたらそれほどクソでないのがわかるかもしれないし、本当にクソでも、検証作業を通して読解力が向上するという御利益があるかもしれない。

読書環境に関するハードルの下げ方

小さい本棚や書見台を買う

  • 本がどっか行っちゃって、探しているうちにもういいや、ってなって読むのをやめる、というのは意外とある気がする。とくに部屋が汚いとか、物をなんでもかんでも床にぶん投げているとか、そういう人はこんなどうでもいいハードルで引っかかってたりする。
  • 「本棚を買う」というのが手っ取り早い解決策だ。でも、本棚も大きすぎると問題だ。読んでた本を見失うこともあるし、気づいたら他の本に手が伸びていたということもありうる。だから、小さい本棚を買うとか、あるいは書見台を買って読書中の本の置き場にしておくとかした方がいい。

一人時間をかき集めたり、イヤホンを駆使したり

  • 周りがうるさくて読書なんかしてらんないよう、という人もいるでしょう。家に帰れば子どもや犬が背中に飛びついてきてどうしても剥がれないとか。これは、ちょっとわかりません。わたしは一人暮らしなので、一人で静かに読んでます。ただ、一日のうちで一人になれる時間って、かき集めれば30分くらいにはなるんじゃないだろうか。トイレの中とか、風呂の中とか、通勤電車の中とか、信号の待ち時間とか。ただ、基本的にそういう細切れ時間で読書するのはしんどいものだと思う。ハードルは下がるけど、無数の低いハードルに分裂するわけだから、かえってしんどくなってしまうのだ。だからやっぱりわかんない。
  • 図書館とか喫茶店に行く、というのが定番なのかもしれない。でも、図書館や喫茶店もそれなりに人の物音や声がして気が散るものだと思う。イヤホンで音楽でも聴きながらやるしかないのかなあ。ノイズキャンセリングのイヤホンって使ったことないので、効果がどれくらいあるのかよくわからんけど。普通のカナル式だと結構外の音が聞こえます。

時間を断捨離

  • 読書時間が足りないのなら、隙間時間を活用するというのも手だとは思う。ただ、どうしても慌ただしくなるし、そういう隙間時間をぼけーっとすごすのも精神衛生上は大切だと思う。そしてさっき述べたように、ハードル分裂現象にもつながるのでよろしくない。
  • 1日の時間を見直して断捨離してみる、というのが一番良いのではないだろうか。生活の無駄時間を無くすために、ルンバを買ったり、食洗機を買ったり、土井先生の一汁一菜生活にシフトしたりする。会社では「無駄な会議はやめよう運動」を扇動しSlackの導入を提案する。エクセルマクロを勉強して無駄な作業時間を省略する。Twitterをやめる。ブログをやめる。子どもが「ようよう、お父ちゃん。おいらをディズニーランドに連れてっておくれよう」とのたまったら、「ミッキーマウス著作権がもうすぐ切れるから、それまでは…」とか意味不明の返事をして相手を煙に巻く。それでも30分の時間を捻出できないのなら、すみませんわかりません。

自分の身体状況や精神状況に関するハードルの下げ方

音読するとたいていなんとかなる

  • 人は一度に複数のことを考えることができない。だから、音読すると自分の声の方に意識が向くので、その間は会社であった嫌なこととか明日のプレゼンの心配とかは背景に退いている。
  • 疲れているときも音読するとちょっと目が覚める。それでもダメなら、椅子から立ち上がってうろうろ歩きながら音読する。

休みながらオーディオブックを聞くのも良いかも

  • ただ、病気で体を壊していたりするとこういう技も使えなくなるかもしれない。自分自身はそんな大病を患ったことはないのでよくわからんけど、たとえば、モデルナ2回目を打った翌日は熱と吐き気でほとんど何もできなかった。ただ、音楽を聴いたりはできた記憶がある。もしかしたら、オーディオブックなら頭に入ったかもしれない。
  • 病気でなくても、疲れてるときにオーディオブックを活用するのは良いと思う。ただ、品揃えがよくないとか、図表をつかうような本だと内容が伝わってこないとかの難点もある。やっぱり、身体の調子がよくないときは、ちゃんと休んだ方が良いのかもしれない。

あえて難しい本を読む

  • 「読んでも読んでも代わり映えしない自分の人生を省みて絶望してしまう」というハードルを取り上げてなかった。
  • 逆説的だけど、あえて難しい本を読むと良いと思う。易しい本というのは考えを端折って結論だけを並べてるだけというのが多いように思う。だけどそれだと本に書いてあったことをオウムみたいに反復することしかできない。「なんで?」って人に突っ込まれても答えられないし、本に書いてないことを自分の頭で考えることもできない。そうなると、たとえ100冊本を読んでもその人はなにも成長していないし、代わり映えしない人生に絶望してしまうことになる。やがて本を読むことが無意味に思えて、Amazonプライムでかわいいアニメを見てほっこりするだけの毎日になる。
  • だから、本の難易度に関してはむしろハードルを上げた方がいい。そのためにも、その他のハードルを限界まで下げるのだ。

おわりに

おわりです。


  1. マシュー・ハインドマン(2020)『デジタルエコノミーの罠』