【読書ノート】『ブランダム 推論主義の哲学』 第3章

はじめに

  • こないだヘルマン=ピラートのヘーゲル本を読み終わって、どうも相互承認というのが制度をつくっていく上で重要そうだというのがわかった。

  • その一方で、そもそも相互承認ってなんなのか、というのがイマイチよくわかんない。でも、これがわかんないと具体的に制度変革のための「公共的討議」とやらをどんな風にやればいいのかもわからない。

  • 今わたしがやっている研究は、まさにこの「公共的討議」の場を具体的にデザインしようというようなものなので、肝心の相互承認がわからないのは大変困ります。

  • 相互承認は、推論主義という哲学を使うともっと具体化できそうだ。それで、推論主義をとてもわかりやすく説明してくれるこの本で勉強してやろうというのが本読書ノートの主旨です。

本読書ノートの方針

  • ところで、この本はものすごく丁寧だ。だから、書かれている内容をこれ以上わかりやすくするのは無理だし、あまり意味があるとは思えない。読めばわかるように書かれているのだから、へたに要約するより読み直した方が早いともいえる。

  • ただ、丁寧すぎるが故に、「で、一言で言うとけっきょく何なの?」という不満も出てくる。ムリヤリにでも簡単にまとめないと、社会科学の研究に応用するのは難しい。推論主義をなんらかの実証研究につなげようとしても、そもそも推論主義って何なのかを説明するのに何ページも消費していたら肝心の実証にたどりつけないからだ。

  • だから、以下ではとにかく「雑にまとめる」ことを目指します。

第3章 規範的語用論

  • 「規範的語用論」→「推論的意味論」という関係性がある。規範的語用論は第3章でやります。推論的意味論は第4章です1

1 規範的地位と規範的態度

  • 規範的地位というのは、その人が持っている「何をすべき」とか「何をしていい」とかのリストのことだ。

  • たとえば王様の「何をしていい」リストはかなり長大だ。お城のどの部屋にも入っていいし、宝物を気に入った奴にあげても誰にも怒られない。この「何をしていい」を資格という。

  • 一方、王様の「何をすべき」リストもそれなりに盛りだくさんだ。朝の会議には出るべきだし、戦争するかどうか最終判断をするべきだ。この「何をすべき」をコミットメントという。

  • 王様の規範的地位は、家来や民衆が認めないと成り立たない。規範的地位を認める態度を規範的態度という。

2  言語的実践におけるコミットメントと資格のやりとり

  • 規範的語用論が注目するのは、コミットメントと資格という規範的地位を引き受けたり相手に帰属させたりするやりとりだ。たとえばこんな感じ。

  • 王様「家来Aよ。お前にこの炎のゴブレットをやろう」 (王様:コミットメント引き受け)

  • 家来A「ははっ、ありがたき幸せ」(家来A:コミットメントを王様に帰属させる)
  • 家来B「恐れながら王様。その炎のゴブレットは三大魔法学校対抗試合の優勝者に与えられるものです。王様といえども、家来Aに自由に与えることはできません」 (家来B:王様の資格に疑義申し立て)
  • 王様「だからあ、家来Aはその優勝者なんだよ」(王様:自身の資格を弁護)

3 そもそも規範とはなにか

  • 規範的地位は規範的態度によって制定されるというのが推論主義の立場です(規範に関する現象主義)。

4 主張と推論の関係

  • 主張と推論は密接不可分だ。だから、言いっぱなしで終わりじゃなくて、その主張からどんなことが推論されるかにまで責任を持たないとならない。以下のような会話展開だと王様は自分のコミットメントを踏みにじってることになる。

  • 王様「家来Aにこのお団子をあげよう」(王様:コミットメント引き受け)

  • 家来A「ははっ、ありがたき幸せ」(家来A:コミットメントを王様に帰属させる)
  • 王様「もぐもぐもぐもぐ」
  • 家来A「え、何食ってんの?」
  • 王様「あー、おいしかった!」(王様:コミットメントから推論不可能な発言)
  • 家来A「殺す」

5  推論に取り込まれる世界

  • ところでこういう推論には、言葉だけじゃなくて行為も含まれる。たとえばさっきあげた会話の「もぐもぐもぐもぐ」というお団子を食べる行為は、コミットメントから推論不可能な行為だ。

6  具体的な会話を記述する

(省略)

7  規範的語用論の「ゆるさ」

  • 上の例でわかるように、規範的地位を決めているのは王様や家来たちだ。べつに審判がいるわけじゃない。

  • 「ええー? でも王様や家来がアホだったらやだなあ。アホに規範的地位みたいな大事なこと決めさせたくないよう」って思うかも知れない。でも、そういうものなんです。規範的語用論ってゆるいんです。2


  1. そもそも何が目的でこういう議論を追いかけないといけないのか? それは、「推論関係だけで言葉の意味が決まる」という推論的意味論こそが推論主義の大事なテーゼだから。「え、別に言語学とか興味無いし、言葉の意味がどう決まったってどうでもいいよ」と思うかもしれない。社会科学の立場から推論主義に興味を持った人にとっては、むしろこれが「規範」とか「制度」とかの話とどう絡んでくるかの方が気になるところだろう。でも、ここは推論主義の基本的な議論なので、ここを抑えておかないと相互承認の話もわからなくなってくる(たぶん)。だから、素直にお勉強していこう。

  2. で、規範的語用論ってのは一言で言うとなんなのか? つまり、会話の中で資格やコミットメントや推論関係がどんな風になってるかを捉えようとする議論、ってことなんじゃないだろうか。