抜き書きとコメント
Chapter 4 The Gift between Strangers
p67 見知らぬ人同士で贈与が行われるのはどんな組織?
Given these criteria, we can distinguish two different models within this sphere.
-Benevolent organizations, those founded on volunteer work, that provide a service with no expectation of reciprocity.
-There is a sense of good will, of a free act, voluntary and ultimately disinterested, that makes the working methods of these organizations distinct from those of the market place.
Organizations of mutual support, founded on reciprocity, but open and inclusive rather than selective.
- 見知らぬ人同士のあいだの贈与について考えるために、まずはそういう人たちの所属する組織の性格付けをしている。「これらの基準に従って(Given these criteria)」とあるのは、「何かの目的のための組織であるか、組織のメンバーを満足させることに関心を限定している組織であるか」という基準と、「外に開かれた組織であるか、内向きの組織であるか」という基準。
- で、この基準によって、「見返りを期待しない慈善組織」と「外に開かれた相互扶助組織」という類型を示している。これらのふたつの類型の組織において、見知らぬ人同士の贈与が行われる、というのが筆者の主張。
- ふたつの基準で分類しているのだから、2×2で類型を4つつくらないとおかしいんだけど、なぜかこのままで議論は進んでいく。
- あと、ここでせっかく分類したのに、以降の議論ではあんまり活用されてないように思うのだけど。
p68 自助グループでは贈与することと受け取ることが分かちがたく結びついている。
In other words, self-help groups are concerned with solving a problem, not with deriving pleasure from an association. But it is often through the association, in the ties that are forged, that the solution to the problem is to be found. One of the fundamental principles for self-help groups is that helping is therapeutic, that in the very act of helping others a solution to one's own problems may be found. To give and to receive become indistinguishable.
- AAみたいな自助グループ(self-help group)では、人々は他者を助けることで、自分の問題を解決する糸口を発見することがある。だから、贈与することと受け取ることが分かちがたく結びついている、ということだ。
- ここもやっぱりケア論と近い議論だな。実際、ケア関係の本でAAの話が出てきたのを読んだ記憶もある。
p69 AAの贈与システムは近代的でもあり伝統的でもある。近代的なのは、贈与するのが自由だから。
Let us take a closer look at the workings of this gift system, which is both eminently modern and quite traditional. It is modern, first of all, in the freedom given to its members. All you have to do is agree not to drink for twenty-four hours. No verification is made, only the individual's testimony counts.
- AAっていうのはAlcoholics Anonymousのことで、アルコール依存の人たちの相互扶助組織。みんなで一緒に禁酒しましょう、というものらしい。Wikipediaにも載ってるから、ちょっと引用してみよう。
- AAはどのような宗教、宗派、政党、組織、団体にも縛られていない。 始まりの発端は一人のアルコホーリク(問題飲酒者)が、もう一人のアルコホーリク(問題飲酒者)にお互いの飲酒の問題について経験を分かち合い、そのときだけは飲酒をせずにいられた、ということによって広がっていった共同体である。
- AAのメンバーになるために必要なことは、飲酒をやめたいという願望だけである。 AAは会員制ではなく、入会手続きや会費もない。また姓名を名乗ることも連絡先を教えることも一切明かさないこともその人の自由である。
- という風に、出入り自由な組織なわけだ。だから近代的だといえる。だけど伝統的でもある、と著者はいう。
p70 AAでは贈与が行われているので伝統的な組織ともいえる。
And yet, despite its modernity, the movement also includes a number of traditional attributes of the gift. There is no rupture, there are no intermediaries in this gift system. AA takes an extreme position on that issue. Alcoholism is seen as an incurable disease--an AA member is therefore always an alcoholic, but an alcoholic who does not drink. Thus there is no split within the membership between those who have just joined and those who have been members for twenty-five years.
- ここの論理展開はよくわかんない。贈与がやられているから伝統的だ、と言っている風にしか読めないのだけど、そもそも贈与が近代社会でも行われているということを著者は言おうとしてきたのではないですか? だったら、贈与は伝統社会に特有の現象ではないので、贈与がやられているから伝統的だ、というのはミスリードな主張だと思う。
- いや、そういうことじゃなくて、人々の間に仲介者がいなくて( there are no intermediaries in this gift system)互いに直接贈与し合っているということがAAにおける贈与の特徴で、それは伝統的な贈与と共通している、ということが言いたいのかな? 誤読だったかも。(2022/04/06追記)
- あと、この引用部分では、AAでは新参者と古参者の間に上下関係はないというようなことが書いてあるので、むしろこれはAAが近代的な組織である(つまり平等を尊重している)ことを示しているとしか思えない。
- この本、結構読みにくいのだけど、その原因のひとつは、著者の論理がけっこうゆるゆるで、ミスリードな記述が多いことがあると思う。あと、やたらとひとつひとつのセンテンスが長いとか、妙に凝った単語を使うとか。
- どっかでsalarialって単語が出てきて、英和辞書にも出てこないしなんだこれ、って思って調べていたら、フランス語だと判明したこともある。「給与の,賃金の」という意味の形容詞らしいけど、別にそんなのフランス語使う必要ないじゃん。
p70-71 AAは外からお金を受け取らない。流通しているのはお金ではなく言葉。
In order to steer clear of bureaucratic or professional "temptation," AA remains leery of money, no matter where it comes from. It refused any funding from outside, whether from private enterprise or the state. Every AA community (group) must finance itself. At the end of each meeting someone passes the hat, while asking guests who are not members not to give! There is no publicity. The global network of AA spreads in other ways; like the gift, it circulates, the word is passed on.
- お金を受け取らない。言葉によって、世界中にAAが拡大している。言葉をかけることも贈与だ、というのが本書の序盤の方で出てきたけれど、ここでも言葉が贈与されるものとして扱われている。
- でも、確かに面白い組織だよね。この章のどっかで出てきたけど、リーダーが固定化しないように工夫してるとか、ちょっとアーミッシュっぽい。外界からお金を受け取らないで、あくまで自助にこだわるというところもそうだな(アーミッシュは社会保険に加入しない)。
- 前近代社会は贈与を中心に形成されているけれど、個人にとって自由はあんまりない。つまり、贈与されたら贈与を返すのは義務だ。また、ポトラッチみたいに、お互いの権威をめぐってを争い合う贈与合戦になってしまうことさえある。だから必ずしも平等社会とはいえず、人々は互いの地位の高さを気にし合うようなところがある。近代において贈与を復活させるには、前近代社会における不自由と不平等というふたつの問題をクリアしなければならないのかもしれない。で、それらがクリアできれば、自由、平等、(贈与による)友愛という、フランス革命が目指していた理想を達成した社会や組織をつくることができる、ということなのかな。
- ついでに言うと、アーミッシュ社会は前近代社会と思われがちだけど、実は意外と自由だ。アーミッシュのコミュニティで育った人は一定の年齢になると、外の世界で生きるかコミュニティにとどまるかを自由に選択できる。そして、さっき述べたように、リーダーが固定化しないようにしているので、平等社会でもある。アーミッシュ社会を、近代において贈与中心の社会を実現した成功例として位置づけることもできるかもしれない(そして、著者によればAAもまたそうした成功例のひとつなのだ)。
p75 贈与の楽しみ
Whatever the truth, today people do volunteer work for the pleasure of it and receive more than they give, even in charitable organizations where the service rendered is unilateral and there is no reciprocity. "I'm not doing this because I have a big heart. I get so much from the people I help."
- 前近代社会では人々は義務感で贈与をするけれど、現在のボランティア組織では、人々は楽しみのために贈与をする。贈与することが贈与されることだ、という本書で何度も出てくる主張と同じ話だろう。
- 前に読んだ日本人著者の贈与論だと、そういう風に贈与から楽しみを得るのは見返りを得ているわけだから純粋な贈与とはいえない、みたいなことが書いてあった。そういう議論は、哲学的には意味があるのかもしれないけれど、個人的にはあんまり意味がある議論とは思えない。楽しくって何が悪い、と言いたくなる。大事なのは、贈与という視点から現代社会を批判したり、新しい社会をデザインしたり、あるいはもっと小さい範囲で個々人が自分たちの生活の仕方を少しずつ変えてみたりすることであって、言葉の定義に必要以上にこだわるのは不毛だと思う。だいたい、楽しくないことやって世界を変えようとしても、共産主義革命みたいな悲劇にしかならないと思うよ。
p78 近代社会では見知らぬ人の間の贈与が重要性をましている。
An unknown gift made to the unknown, where religious motivation is not essential and which encompasses all social strata: this is the world of the modern gift between strangers, whose importance continues to grow.
今回はここまで
- AAみたいな自助グループにばかり焦点を当てると、見知らぬ人のあいだの贈与というのはやはり一部の特殊な組織の中でしか行われていないのではないか、という風に思ってしまうのだけど、もうちょっといろんなところに議論を拡大できそうな気もする。
- 「見知らぬ人とのあいだ」ではないけれど、アーミッシュ社会も贈与にもとづいた社会だ。そして、AAと同じように自由と平等が重んじられているという点で、近代的な社会ともいえる。そういうコミュニティが実現可能なのだから、贈与にもとづく自由で平等な関係性というのは、自助グループ以外の組織や社会においても実現できるんじゃないだろうか。
- 前回、ロールズの正義論と贈与論とのつながりについてちょっと触れたけれど、ロールズが描き出した福祉国家像が示しているのは、AAのような友愛に満ちた自由で平等な人のつながりが、国という、もっと大きなスケールで実現されたものだともいえる。もちろんロールズの言っているのは理想論なのであって、公正としての正義が理想的に実現されたら社会はこういう風になるだろう、というものでしかない。だけど、そういう理想を持っているのは大事なことだし、理想を実現するためのひとつのお手本としてAAを位置づける、という考え方もありなのかもしれない。
関連書籍
アーミッシュ社会の特徴を総体的に知りたいなら、同著者の『アーミッシュの謎』がよくまとまっているけれど、絶版になっている。こちらの本もそこそこまとまっている。