【研究ノート】集合的選択にAHPを使っていいものかどうか
AHPとは?
AHPという奴がありまして、簡単にいえば、選択肢を決めるのを手助けしてくれる一種の意思決定支援手法だ。
たとえばあなたが車を買いたいと考えているとする。で、カタログをひっくり返してあれこれ考えて、次のような候補にまで絞り込めたとする。
- 車A:200万円
- 車B:150万円
- 車C:100万円
価格だけ見れば車Cが一番良さそうだ。でも、車は価格だけじゃない。燃費とかデザインとかもからんでくる。たとえばこんな風に。
- 車A:200万円、燃費は良い、デザインは最強
- 車B:150万円、燃費は最強、デザインは普通
- 車C:100万円、燃費は普通、デザインはほぼ痛車
こうやって評価視点を増やしていくと、選択問題はとたんに難解になってくる。価格を見たら車Cだし、デザインなら車A、燃費なら車Bとなる。でもどうしたらこれらの評価視点を踏まえて総合評価の最も高い車を特定できるだろう? 「えいやっ」と直観で決めるしか無さそうな気もする。
こういうときにAHPを使うと便利だ。
AHPではまず評価基準同士を一対比較してそれぞれのウェイトを求める。一対比較というのは、たとえば「価格と燃費を比べたらどちらがどれだけ良いですか?」というようなアンケートに答えてもらうということ(9段階評価が一般的みたい)。そういう一対比較を全組み合わせについてやってもらう(価格と燃費、燃費とデザイン、価格とデザインの3通り)。すると、計算プロセスは省略するけど、たとえば各評価基準にこんな風にウェイトを求めることができる(ウェイトは足したら1になる)。
- 価格:0.4
- 燃費:0.3
- デザイン:0.3
次に、それぞれの評価基準ごとに車を一対比較して同様にウェイトを求める。で、たとえばこんな感じにウェイトが求められたとする。
価格で評価したときのウェイト | 燃費で評価したときのウェイト | デザインで評価したときのウェイト | |
---|---|---|---|
車A | 0.1 | 0.3 | 0.6 |
車B | 0.2 | 0.5 | 0.3 |
車C | 0.7 | 0.2 | 0.1 |
で、最後はこの表のウェイトに各評価基準のウェイトをかけた上で足し合わせる。これが各車の総合評価となる。車Cを買うのがベストだということになる。
価格で評価したときのウェイト | 燃費で評価したときのウェイト | デザインで評価したときのウェイト | 総合評価 | |
---|---|---|---|---|
車A | 0.1×0.4 | 0.3×0.3 | 0.6×0.3 | 0.31 |
車B | 0.2×0.4 | 0.5×0.3 | 0.3×0.3 | 0.32 |
車C | 0.7×0.4 | 0.2×0.3 | 0.1×0.3 | 0.37 |
グループでの意思決定にAHPを使う
AHPはとても便利だ。直観的に「えいやっ」で選んでしまうと、もしかしたらほぼ痛車である車Cのインパクトに惑わされ、Cを敬遠してAかBを選ぶことになっていたかもしれない。だけどよくよく考えるとこの人はデザインばかりで車を評価しているわけではなく、デザインのウェイトは0.3(つまり全体の30%)でしかない。燃費や価格も考慮すればむしろ車Cは賢明な選択だということになる。こんな風に重要な評価基準をきちんと考慮して総合的に判断する、というのは「えいやっ」方式ではなかなか難しいだろう。
さて、それならこのAHPをもっといろんな場面で活用できないだろうか? 個人の意思決定支援だけじゃなくて、グループでものごとを決めるときにも役立つんじゃないだろうか。
刀根薫さんという、AHPを日本に紹介した第一人者のような人がいて、この人がAHPのわかりやすい入門書を書いてくれている。古い本でとっくの昔に絶版してるけど今でも十分役に立つと思う。AHPの開発者であるサーティからじきじきに「AHPの普及書を書いて欲しい」と要請されて書かれたものだそうで、内容の正当性も保証されているといえると思う。
で、この本の40-41ページに、グループの意思決定でもAHPは使えるよ、ということが書いてある。個人でやるときと違い、一対比較の値をどうするかという問題がある。つまり、AさんとBさんで一対比較の値が食い違っていたら(というか食い違うのが当たり前だ)ウェイトを計算できなくなる。こういうとき、双方の一対比較値の平均を使うと良いと書いてある(ただし、算術平均だと計算上不都合が生じるので幾何平均を用いよとある)。グループの人数がもっと増えても同様のやり方で一対比較の値を平均に置き換えることで、ウェイトを求めることができるようになる。
もうちょいとうまい使い方を考えてみる
多数決ではなく意見の食い違いの明示化のためにAHPを使う
刀根さんの提案にかんして簡単に思いつく問題は、平均を使うと少数派の意見が通らなくなってしまうということだ。常に多数派に有利なようにウェイトが決定されてしまう。これは実質的に多数決ということになるだろう。AHPを使うことで多数決をより理性的なものにできる、というメリットはあると思う。でも、そもそも多数決が適切でないケースはあるだろう。
グループでの意思決定を全面的にAHPに任せるのではなく、部分的に使うというやり方もあるんじゃないだろうか。たとえば、一対比較の平均は求めずに、個々人がそれぞれバラバラにウェイトを求める。そうすることで個々人の考えがどのあたりで食い違っているかを明示化することができる。たとえば「デザイン」ではある程度みんな意見がそろっているけれど、「燃費」で意見が食い違う傾向があるとか。そうなったら、「デザイン」の重要性については合意ができてるものと見なし、「燃費」に集中して議論をすれば良いだろう。こういう風にAHPの結果をグループメンバーにフィードバックする形で活用すれば、グループでの議論をもっと生産的なものにすることができるかもしれない。
完備性や推移性が守られてないのはそれはそれで重要な情報と考える
あと、グループでの意思決定に限らず、AHPのそもそもの前提に少し疑問がある。たとえばAHPでは選好の完備性と推移性が当然視されている。つまり、どんな組み合わせであっても一対比較はできる(完備性)し、一対比較同士の関係には矛盾がない(推移性)。推移性に関しては、AHPでは整合度の指標としてC.I.というのが使われていて、この値が0.10~0.15以上になると選好が推移的になってないという判断が下される。で、ウェイトと整合的になるように一対比較をやり直せと推奨されている。
だけど、ギルボアも言っているように、完備性とか推移性とかの基準は研究者が意思決定者に押しつけるものではない。もし彼らが「完備性や推移性が成り立ってないんですけど!?」と説教されても選好を変えないのなら、そうした選好は尊重されるべきだ。具体的には、AHPの一対比較で無回答があったりC.I.が基準値以上だったりしても、それも意思決定をする上での重要な情報だと考えるべきだろう。やはりここでも、AHPの結果を評価者にフィードバックして判断してもらうというのが重要なプロセスになると思う。
まとめ
まだもっとうまい使い方がありそうだけど、とりあえず今思いつくのはこれくらい。思いついたらもうちょい追加してみるかもしれない。
AHPに全面的に依存してグループとしての意思決定を行うのではなく、AHPの結果をグループのメンバーにフィードバックして議論のネタにしてもらおう、というのが今回の提案だ。グループとしての意思決定は多数決やAHPに全面的に依存して全自動で行うのではなく、きちんとした議論を通して行うべきだ(センの公共的討議の実践という風に考えればいい)。そうした議論の補助輪としてAHPが役立つんじゃないか。
あと、AHPはExcelに簡単な数式を書いておけば一対比較値を入力するだけでウェイトやC.I.を計算できるので、グループワークに導入するのは容易だ(その場で参加者にフィードバックできる)。
この路線でもうちょいと考えてみよう。