【研究ノート】環境配慮行動関連の論文あれこれ

 環境配慮行動関連の論文はどれも似たり寄ったりでつまんない、と思ってたからあまり読んでなかったけれど、改めて調べてみるとこの10年くらいで新しい展開を見せているみたいだ。最近勉強し直している風土論とも絡んできそうな気もするので、面白かった論文を簡単にまとめてみる。がっつりまとめると面倒なので、面白そうなところだけ箇条書きで示す(というか、線引っ張ったところを雑に訳す感じ)。

論文1:計画的行動理論は引退せよ

Sniehotta, Falko F., Justin Presseau & Vera Araújo-Soares. 2014. Time to Retire the Theory of Planned Behaviour. Health Psychology Review 8 (1): 1–7.

  • 計画的行動理論に関する実験研究は驚くほど少ないし、その少ない研究を見てみても、計画的行動理論の前提を支持するデータは得られていない。
  • 計画的行動理論に対する批判には事欠かない。疑問符がつくのは、モデルの倹約性と妥当性のバランスだ。意志的行動のすべてを扱うと豪語する理論が、たった4つの説明概念しか使わないのって、いくらなんでも不十分では? たとえば、行動に対する無意識の影響とか、前もって予期できない感情の役割とかを無視してることは、批判の的になっている。
  • 批判がとくに集まっているのは、計画的行動理論の予測妥当性の限界だ。文献レビューがはっきりと示しているのは、観察される行動のばらつきの大半が、計画的行動理論によっては説明できていないことだ。とくに、「inclined abstainers(誘惑に駆られる節制家)」、つまり、意図を形成するもののそれを行動に移せない人々の問題は、計画的行動理論で扱えてない限界だと認識されてきた。
  • 計画的行動理論の主要な問題は、行動のばらつきを十分に説明できていないことではない。むしろ、理論が示す命題が明らかに間違っていることが問題なのだ。
  • 自己決定、予測される後悔やアイデンティティといった動機に関わる尺度、あるいは習慣の力、または計画のような自己抑制的な尺度の方が、計画的行動理論に含まれる尺度よりも行動をうまく予測できることが多い、というのは膨大な証拠によって裏付けられていることだ。
  • 計画的行動理論がもっともうまく予測できるのは、対象者が若者、健康な人、あるいは金持ちであり、そして短期的な自己報告の行動を予測するときだ。行動変容理論をもっとも必要とする(アル中のような)人々に対しては、計画的行動理論は当てはまりがよくないのだ。
  • 計画的行動理論が生まれて30年が過ぎ、この理論の有用性はもう失われてしまっている。実践家が人々の助けとなるような介入の仕方を構築する上で、この理論は役に立たないのだ。
  • 計画的行動理論は、「とりあえずこの理論を使っておけば理論に基づいた研究だといえるよね?」という空疎なジェスチャーになり果ててしまった。計画的行動理論から新たな知見を最後にわれわれが受け取ったのは、果たしていつのことでしたかね?
  • 時代遅れの理論は捨ててしまおう。計画的行動理論はもはや行動や行動変容を扱うための素晴らしい理論とは言えなくなっているのだから、これまでの功績をたたえて引退してもらい、穏やかな余生を過ごしてもらおうではないか。
  • (最後に、ポスト計画的行動理論みたいな研究がたくさん並べられてる)

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 この論文自体は新しいモデルを提案しているわけではないけど、計画的行動理論の呪縛から解放してくれる研究であると思う。

論文2:環境配慮行動を決めるのは習慣だよ

Linder, Noah, Matteo Giusti, Karl Samuelsson&Stephan Barthel. 2022. Pro-Environmental Habits: An Underexplored Research Agenda in Sustainability Science. Ambio 51 (3): 546–56.

  • 習慣(habit)というのは多くの日常行動の基本であって、変えることは難しい。いったん習慣が形成されると、熟考したり再考したりすることもなく、その習慣が継続してしまうのだ。
  • しかし、環境配慮行動に関するこれまでの研究では習慣の影響がほとんど説明されてこなかった。それで、行動変容のために人々に介入する際にも、知識形成やフィードバック、モニタリングのような合理的プロセスを通して動機づけを与えるのが普通だった。でもこれらは習慣を変えるほど影響力を持つものではないし、長期的な行動変容にもつながらない。
  • 本論文の目的は、潜在的な習慣が持続性に配慮した行動を促進する(あるいは妨げる)可能性を探究することだ。本論文では「環境配慮習慣(Pro-Environmental Habits:PEH)」を「環境に益をもたらす、または害を最小限に抑える習慣」と定義する。
  • 習慣はわれわれの行動の多くを導くものだ。ある研究によると、われわれの日常行動の40%は意識的な思考を伴わない習慣によって導かれているという。しかもこれは自己報告による結果なので、その自己報告からもれた分も考慮するなら、もっと値は大きくなるだろう。
  • 習慣形成には3つの重要な柱がある。
    • 1.形成するには繰り返しが必要
    • 2.習慣は行動を自動的に誘導する
    • 3.習慣は文脈依存的なものである
      • (たとえば、家だとだらしなくなるけど会社ではビシッとしてるみたいなことだと思う)
  • 習慣が形成されるきっかけは様々。「歯を磨いたら糸ようじも使おう!」と意図的に行動することで、いつしかそれが習慣になることもある。あるいは、公共交通機関が使えなくなると自家用車を使うようになり、そのうち習慣になってしまうこともある。
  • 習慣を変えるにはいろいろやり方がある。
    • 1.「Xという状況が生じたら、私はYと反応する」という風に宣言していくうちに、それが新たな習慣となる。
    • 2.自己モニタリングをして、習慣が発動するのを抑制する。
    • 3.習慣が文脈依存的なのだから、文脈自体を変えてやる。例えば引っ越すとか。
  • 過去の行動によって将来の行動をうまく予測することが出来る、というのは習慣に関する研究でこれまで明らかにされてきたことだ。
  • ナッジや規範に関する知見は、環境配慮行動の変化を促す自動的プロセスに介入する上で役に立つかもしれない。
  • 習慣が形成されるためには、周囲の文脈によってその習慣の可能性が与えられなければならない。つまり、アフォーダンスというやつだ。
  • 人々の動機に働きかけるやり方のダメなのは、人々の動機は不安定なものだからだ。これに対し、文脈が一定であれば、その文脈によって形成される習慣も安定的なものになる。環境配慮行動を繰り返し引き起こす安定した周囲の文脈こそが、環境配慮習慣を形成する上で本質的なものだ。
  • 引っ越ししたばかりの人の方が、引っ越ししてない人よりも、持続可能性に寄与する行動を促す介入が効果的に働いた、という研究がある。つまり、文脈を変えることで、環境価値に対して働きかけやすくなったということだ。
    • (つまり、引っ越さないでずっと同じ場所に住んでいる人は、そこでの習慣にどっぷり浸かっているので、なかなか行動が変えられないということだと思う)
  • 習慣上の役割によってその人のアイデンティティが決まってくるのだと示す研究もある。自分が何度も繰り返し行っている行動を振り返ることで、「俺はXという行動をする人間なのだ」と思うようになるということだ。
  • 習慣を変えることは、態度やアイデンティティやさらには文化までも変えることにつながる。このことをよく示すのは、2007年にイギリスのバーで禁煙を導入したことだ。これによって、単にみんなタバコを吸わなくなったというだけでなく、喫煙に反対する規範や、禁煙に対する知覚リスクが高まったのだ。

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 この論文の議論を風土論につなげることはできなくはないと思うんだよ。この論文で示されている因果関係はこんな風にまとめることができると思う。

 環境(のアフォーダンス) → 環境配慮習慣 → 環境に配慮するアイデンティティや文化

 そして、そうした文化を通して環境を眺めたり評価したりする、ということもあるだろう。つまり、ベルクの言うように、環境と社会(文化)の間に通態関係が成り立っているということだ。

 風土論的にいえば、ここに歴史性も含めたいところだ。「剥き出しの環境」があるわけではなく、環境は常に歴史的な風土性の中で意味づけられている。たとえばその環境が持つアフォーダンスだって、部外者である研究者の目からは一見するとよくわからないものだったりすることもあるかもしれない(まあ具体例が思い浮かばないのだけど)。

 この論文は単に「習慣」に焦点を当てているというのではなく、環境配慮行動をもっと生態学的な視点から捉えようというもので(とくにアフォーダンスを持ち出してるあたりとか)、壮大なスケールを感じさせるものになっている。風土論と相性がよさそうだし、この系列の論文をもう少し探してみようかな。

論文3:文脈的な人と自然の環境にも目を配れよ

Giusti, Matteo. 2019. Human-Nature Relationships in Context. Experiential, Psychological, and Contextual Dimensions That Shape Children’s Desire to Protect Nature. PloS One 14 (12): e0225951.

  • 本研究の目的は、子供たちが自然を守りたいと思う気持ちを促進するにはどうすればいいのかをもっと理解するために、人と自然の関係性に関する概念化と評価に取り組むことだ。
  • 人と自然のつながり(Human-Nature Connection:HNC)という概念がある。人と自然の関係についてはいろんな学問分野でバラバラに研究されがちだが、HNCはそうしたバラバラな考え方を統合するものだ。HNCには次の3つの側面がある。
    • 1.心理学的HNC
      • これは、人と自然の関係を心の属性として捉えるものだ。
    • 2.経験的HNC
      • これは、自然の中にいるときの経験として人と自然の関係を記述するもの。質的研究を通して表現される。
    • 3.文脈的HNC
      • 「場所のセンス」に関する研究から生まれた考え方。人が場所との間に築く帰属感覚として人と自然の環境を捉える。
  • これらはバラバラに捉えられるべきではない。たとえば心理学的HNCだけではなく、文脈的HNCも用いることで環境保全行動の予測力が高まるという研究もある。
  • 行った調査の概要
    • サンショウウオ・プロジェクトというのをスウェーデンの10歳の子供たち対象にやった。公園に水遊び用のプールがあるのだけど、春のうちは水が入ってない。そこにサンショウウオが閉じ込められて乾いて死んでしまうことがよくある。そこで、みんなでサンショウウオを助けて近くの池に放してあげよう、というのがこのプロジェクトだ。
    • 参加者は158名だけど、全員がサンショウウオ・プロジェクトに参加したわけじゃない。参加していない子たちは対照群として位置づけている。参加したのは67名で、経験的HNCを求めるために事後インタビューをしたのは25名だ。
    • 体験的HNCは事後インタビューで評価する。このプロジェクトやサンショウウオ、さらには動物や自然一般について何を考えているかを訊いた。
    • 心理的HNCは、既存の尺度(Connection to Nature Index)なんかも使って作り上げた。たとえば「サンショウウオへの共感」などを訊いた。あと、もっと暗黙的なつながりも見るために、自然を表す単語を子供たちがどれだけ素早く連想できるかというのも評価した。
    • 文脈的HNCは、「あなた」「自然」「家庭」「都市」と書かれた丸い図形を見せて、それぞれの図形の位置関係を選んでもらった。たとえば「あなた」と「自然」が重なり合ってるのを選ぶか、それとも分離してるのを選ぶか、といったようなことだ。ようするに、それぞれをどれくらい親近感のあるものとして捉えているか、みたいなことだ。
    • 最後に、プロジェクトに参加した子供たちには、「将来、環境を守る仕事につきたいと思う?」と質問した。
  • インタビュー結果を見ると、子供たちはプロジェクトに参加することで、サンショウウオに対して共感するようになったり関心を持つようになったりしたようだ。それだけでなく、他の動物一般についても同じようなことをコメントしている子もいる。あと、最初は「気持ち悪い」という壁があったけど、プロジェクトに参加することでこの壁を乗り越えたという発言もあった。
  • ところが、心理的HNCと文脈的HNCに関するアンケート結果は、プロジェクトの参加前後で変化がみられなかった。まあ、これは残念というよりも、むしろHNCは様々な観点からみないと適切に捉えられないのだという本研究の主張を支持するものだろう。
  • アンケートの結果を主成分分析にかけると、次のふたつの主成分が抽出された
    • HNC(Human-Nature Connection)
      • 「自然を守る仕事につきたい」と正の相関をもつすべての変数、そして「自己と自然の近さ」「家庭と自然の近さ」、「サンショウウオへの共感」などから構成される
    • HND(Human-Nature Disconnection)
      • 「自然を守る仕事につきたい」と負の相関を持つ2つの変数と、「自己と都市の近さ」「家庭と都市の近さ」から構成される。
  • これらの主成分には、「自己と自然の近さ」等の文脈的HNCに関わる変数がぜんぶ入っている。そして、これらの主成分を入れたモデルがもっともよく適合している(AICの値が最小)ことがわかった。
  • まとめると、本研究が示唆していることは、人と自然の関係は、心、身体、文化、環境のあいだの有意味な関係性のシステムとして定義した方が良いという事だ。
  • 文脈的HNCを取り入れることで「自然を守る仕事につきたい」という子供たちの欲求をよりよく予測できるようになった。文脈的HNCにおいて、子供たちと自然の距離が遠かったり、逆に都市に近かったりすると、自然を守る仕事につきたいという欲求は弱められてしまう。これは、子供たちの日常的な生活環境が、彼らの自然保護への意欲を妨げることがあるということだ。個人の教育よりも、日常的な生活環境を変えることの方が重要なのだ。屋内での個人学習よりもコミュニティ構築を!

コメント

 これも環境配慮行動の促進にあたってはシステム的思考が大事だよ、という趣旨の論文だ。文脈的HNCという、ようするにその人が自然に対して愛着を持っているのかそれとも都市に対して愛着を持っているのかを示す変数を導入することで、子供たちの環境配慮への欲求をより良く予測できる。だから、単に学校で「環境の大切さ」とか環境に関する知識を教えるだけでなく、子供たちが自然に対して愛着を持てるような町づくりが大事になってくるのだよ、というのが筆者の結論だ。

 環境を守るためにはまず環境をつくらなければならない、ということだ。これは2番目の論文の主張ともリンクしてくるな。トートロジーのようだけど、まあ、そういうものなんじゃないかな。人と自然の関係は、風土論でも示唆されているように循環的なものだ。人が環境をつくるのでもあるし、環境が人をつくるのでもある。その循環の流れをちょっと変えて、良い流れに変えていこうというのが、論文2と3で提案されている新しい環境教育のあり方なのだと思う。

 ただ、この論文3に関しては、文脈的HNCの尺度がちょっと頼りない感じではある。単に、丸の中に「you」とか「nature」とか書かれた図形がたくさんあって、「人と自然の関係をもっともよく表すものを選んでみましょう」という質問をしてるだけなのだ。これらの図形がたがいによく重なり合っているものを選んだ子は自然に強い愛着を持っていると判断する、ということだけど、ちょっと解釈が恣意的すぎやしないだろうか? これこそむしろインタビューで訊くべきだったんじゃないかと思うけれど。あと、経験的HNCに関しては、うまいことコーディングして統計分析に入れることもできたと思うけど。「内容分析」という手法もあるので、きちんと手順を作って数人でコーディング作業をすれば分析の客観性はある程度担保できる。とはいえ、こういう研究の第一弾としてはよくできてると思うよ。以下、アンケート用紙の英語版のリンク。

https://doi.org/10.1371/journal.pone.0225951.s003