【読書ノート】『正義のアイデア』第4章

第4章 声と社会的選択

イントロ(p145-)

  • ロールズの正義の考え方はいろいろ問題がある。完全に公正な社会とは何か? ということばかりに集中して、相対的な正義の問題を無視してるとか。国をまたぐような正義の問題をちゃんと考えてないとか。
  • でも、社会的選択理論というのを使うと、ロールズが無視してる問題をもうちょっとよく見ることができるようになるよ。

一つのアプローチとしての社会的選択理論(p150-)

  • 社会的選択理論というのは、個人の判断を集計して、社会的な決定を導き出すような集計方法を考える学問だ。

社会的選択理論の射程(p155-)

  • 社会的選択理論だと、人々の判断を集計して、社会的な決定を順位付ける。つまり、相対的にものごとを判断するということだ。これは、ロールズたちみたいに「最善の正義」を考えようとするアプローチとはぜんぜん違う。

先験主義と比較主義との距離(p156-)

  • 別にロールズみたいな「先験的アプローチ」が無くても、社会的選択理論みたいにものごとを相対評価する上では何も困らない。

先験的アプローチは十分か(p160-)

  • 「最強の正義」について明らかにできても、そいつをベースラインにしてものごとを相対評価することはできません。だって、ベースラインからの「距離」をどういう基準で取るべきかについて、何も考えていないのだから。
  • モナリザが最強の絵画である」ってことをどっかの評論家が言い出したとする。でも、じゃあモナリザをベースラインにして、どうやってピカソゴッホを順位付ければいいんだい? わかんないでしょう? そういうことだよ。

先験的アプローチは必要か(p163-)

  • あと、ピカソゴッホを順位付けるのに、「何が最強の絵画なのか?」という問いに答える必要はない。
  • 同じことで、「最強の正義」を明らかにしなくても、正義の相対的評価はできるわけです。

比較は先験性を特定できるか(p164)

  • でも、相対評価をどんどんやっていけば、やがては「最強の正義」にたどり着くのでは? そういう形で、相対評価と「最強の正義」が関係するということはないのだろうか。
  • 残念だけど、相対評価をどんどんやっていって、「最強の正義」にたどり着くかどうかはわからない。それはケースバイケースだ。
  • ともかく、「最強の正義」なんていらんのですよ。もちろん、人々の意見が合わなくて、うまく合意が導き出せないことはある。だからといって、「最強の正義」を持ち出す必要はない。人々の評価順位に「共通部分」があれば、その共通部分については合意ができるわけです。
  • どういうこと? ということをもうちょい知りたければ社会的選択理論を勉強してください。

推論の枠組みとしての社会的選択(p169-)

  • 正義について考えるときの社会的選択理論の強みをざっと並べてみるよ。
  1. 先験性ではなく、相対性に焦点を合わせる
  2. 「正義ってなんだ?」という問題への答えが人それぞれで変わってくるのは織り込み済み
  3. 判断の再検討を人々に促してくれる
  4. 正義の順位づけは不完全でもOK
  5. いろんな人々の意見を取り入れることができる
  6. やり方が数学的なので推論プロセスが明確
  7. 公共的議論に必要な知見が得られる
  • 7番目のはちょっとわかりにくい。これは、たとえば「不可能性定理」のことだ。不可能性定理というのは、個々人の判断があるパターンだと、社会としてどうするべきかという集計ができなくなってしまうという定理だ。この不可能性定理の問題をクリアするにいは、個々人の判断をなんでもかんでも無際限に認めてはいけないとか、他人の判断も考慮するような寛容な心をぼくたちは育まなければならないとか、そういう風な解決策が考えられる。つまり、そういう風に、公共的議論をうまく進めるために必要な知見が得られるということだ。これが7番目の強みの含意。

制度改革と行動変化の相互依存(p176-)

  • 制度を改革するから人々の行動が変わるというのもあるし、逆に人々の行動によって制度が改革されるというのもある。
  • たとえば女子教育を改革すれば女性が声を上げやすくなる。で、女性が声を上げやすくなれば、女性関連の制度改革も進む。
  • で、社会的選択理論は、そういう風に、制度を変えて、いろんな人の意見を取り入れて、制度がもっとよくなっていくよね、みたいな思想を持っているのじゃよ。

コメント

  • 前章に引き続き、完全な正義を追い求めるよりも、相対的な正義を考えた方がいいよね、という話。ただ、おんなじような話がつづいていて、ちょっと飽きてる。
  • ここの章って、社会的選択理論をまったく知らない人には意味不明なんじゃないだろうか? わたしは初歩的なところだけ一応勉強してるので、「ああ、不可能性定理って、なんかエロ小説をガンコ親父に読ませてやるぜみたいな話だよね」というのがわかるけれど、そういう人は少ないと思う。
  • この本、改めて読み直してみるとかなり不親切なつくりになっていると思う。同じような話が延々とつづくし、その一方で、こういう社会的選択理論みたいなマニアックな話をほとんど説明無しにぶち込んでくる。読む前は、「なんでセンというとみんなケイパビリティの話ばかりで、実現ベースの比較という超重要な話を無視するんだろう?」と不思議だった。でも、だんだんわかってきた。たぶん多くの人は、この本を途中で投げ出してしまうんだと思う。分厚いし。