【雑文】逃げ場をつくって何が悪い

こないだ、HSPという言葉を知った。Highly Sensitive Person。つまり、非常に感受性が強く、敏感な気質の人、ということらしい。

セルフチェックリストもあるので(たとえばこのサイト)、やってみた。23のチェック項目で、12以上に当てはまればHSPだということだ。わたしがやると、なんと20の項目にチェックがついた。文句なしのHSPだ。

いくつかチェック項目を抜粋してみる。

忙しい日々が続くと、ベッドや暗い部屋などプライバシーが得られ、刺激から逃れられる場所にひきこもりたくなる

ここらへんは、誰でもそうじゃないの? という気もするけど、そうでもないのかな。知り合いの研究者だと、忙しいのを自慢げに語る人とかもいたりするし(「先月の残業時間が200時間を越えたんですよ。ワッハッハ!」みたいに)。

わたしの場合、この「忙しい」というのが、論文を書くとか、授業資料をつくるとか、そういうひとりで黙々とやればいいことであれば、そこまで苦ではない。だけど、学会の大会運営みたいなイベントごとで他の人と四六時中コミュニケーション取るようなタイプの忙しさだと、発狂して涙が出そうになることが多い。

明るい光や強い匂い、ざらざらした布地、サイレンの音などに圧倒されやすい

「布地」というのはよくわかんない。今の服ってだいたい肌触りがいいから。でも、ホテルの備え付きのペラペラの部屋着を着て不機嫌になるというのはあるかもしれない。

明るい光は敵だな。大学だとどこもかしこも白色蛍光灯でまぶしく照らされているので、教員をやっていたころは不快でしょうがなかった。部屋が十分明るいのに、その上PCライトでディスプレイを照らしてる人とかよくいるけど、わたしならストレスで死ぬる。自宅では間接照明を使っています。気取ってるんじゃなくて、白色蛍光灯だとストレスフルでしょうがないから。

強い匂いもダメ。最近、隣の人がベランダでタバコを吸うことが多いのだけど、匂いがキツくて、ライターをカチカチ言わせる音がするたびに、そっと窓を閉めている。

サイレン音も大嫌いだけど、スマホの目覚ましアラームの音も苦手。朝から不快な気持ちになる。好きな音楽で目を覚ます、という手もあるけれど、それをやると好きな音楽が嫌いな音楽になってしまいそう。それで、「目覚まし照明」というのを前に使ったことがある。ただ、これは布団の中に潜ってしまえばまぶしくないので、目覚ましの意味がなくて結局使わなくなった。

仕事をする時、競争させられたり、観察されていると、緊張し、いつもの実力を発揮できなくなる

これもわかる。競争が嫌だから、研究もなるべく他の人が選ばないようなテーマで孤独にやっているし。高校や大学も、自分の実力より1ランク下の学校をわざわざ選んでいたなあ。

観察されると動けなくなる。PCで作業しているとき、後ろを人に通られると、たとえ見られてないとしても、固まってしまって、復帰にけっこう時間がかかる。

暴力的な映画やテレビ番組は見ないようにしている

テレビはだいたい見ないようにしてる。穏やかな番組でも、どこかに差別的な見方が含まれていて、いたたまれなくなることが多い(マジョリティ相手のメディアというのは、制作者側に悪気がないとしても、どうしても差別的になりがちなものだ)。漫画も、過激なものは読まないようにしてる。『闇金ウシジマくん』とか『カイジ』とか、社会勉強のつもりでちょっと読んだことがあるけど、気分が悪くなっただけだった。アニメだと、『エヴァ』がキツかったなあ。『ゆるゆり』も、主人公であるあかりに対するいじめがひどくて、暗鬱な気持ちになった記憶がある。

とても良心的である

ここはよくわからない。「優しい」と呼ばれることもあるけど、「冷たい」とか「他人に興味がない」と言われることもある。

基本的に、他人と関わるのは大きなストレスなので、こちらからは積極的に関わらないようにしている。ただ、何かのきっかけで関わるようになると、逆にとことん相手に尽くしてしまうという面もある。そういう相手からすると、わたしは「優しい」のだろう。でも、そうでない相手からしたら「冷たい」「他人に興味がない」という風に見えるのだと思う。

豊かな想像力を持ち、空想に耽(ふけ)りやすい

ここはどうなんだろう? 空想というか、不安なあまり悪い状況を勝手に想像してしまう、というのはある気がする。たとえば、私の実家の上空は自衛隊のヘリや飛行機の飛行ルートになっているのだけど、小さい頃はヘリや飛行機の音が聞こえるたびに「空襲になりませんように」と必死で祈っていた。『火垂るの墓』を見た影響だと思う。別にどことも戦争しているわけでもないのに、空襲におびえるのは馬鹿げたことだ。でも、当時は本気でおびえていた。

不安が勝手に増殖してしまう、というタイプの想像力は今も残っている。ベランダで洗濯物を干すとき、自分がベランダから飛び降りて死ぬ妄想をしてしまう。本当に飛び降りかねないので、なるべくベランダには近づかないようにしている。

あれ? こう考えていくと、実はすべてのチェックポイントに当てはまるんじゃないかな? そんな気がしてきた。

「そんなんだと生きにくいでしょう」と言われそうだけど、うん、とても生きにくい。逃げ場がちゃんと確保されていればなんとかやれる。でも、何人かで連れ立って海外出張に行く時なんかだと地獄だ。食事も移動も常に他の人と一緒にしなければならないし、毎日誰か初対面の人に会って会食したりしなければならない。これまでそういう機会が何回かあって、そのたびにダウンしたり、軽くキレたりしていた。

そういう自分の気質はうんざりするほどわかっているし、歳を取っても経験を積んでも改善する様子がないので、十年前くらいから、なるべく他人と長期間行動を共にするような機会は避けてきた。しかし、このあいだ、そういう機会に巻き込まれてしまった。最初は、あるイベントに出て簡単にコメントをするくらいの仕事だと思っていた。しかし、だんだん話が変わってきて、そのイベントに4日間連日で参加し、朝から晩まで他の参加者と行動を共にしなくてはならない、という風になっていった。話が変わってきた時点で断れば良かったのだけど、そんなことしたら相手に迷惑かなと変に気を遣ってしまって(ここらへんもHSP的だ)、けっきょく断るチャンスを逃してしまった。ただ、実際に参加してみると、わたしの与えられた役割はかなり曖昧なもので、いてもいなくても良い感じだった。1日だけ参加して、案の定、精神的にかなり追い詰められてしまったので、主催者にお願いして、早々にリタイアした。謝金の出ないイベントだったので責任は軽かったとも言えるのだけど、子どもみたいなことやってるなあ、と大反省している。周りにもだいぶ心配をかけた。

こういう性分なので、普通の会社勤めはとうていできない。(今は失業中だけど)大学教員をやっているのは、ある程度、危険な状況を自分の判断で回避できるからだ。今回は、相手方との事前の意思疎通がうまくいってなかったため、危険領域にまっすぐに突っ込んでしまったわけだ。

HSPの解説漫画みたいなのもいくつか出ている。

この本で、HSPが就職先を選ぶポイントというのが紹介されている。

  • 環境
    • 五感への負担が少ない
    • 落ち着ける
  • 適性
    • 自分の得意分野である
    • 経験や知識を生かせる
  • 人間関係
    • 威圧的な人がいない
    • 一定の距離感を保てる雰囲気がある
  • ペース
    • 自分のやり方でやらせてくれる
    • シフトが組みやすい

さて、多くの人は、「そんな好条件の仕事がないからみんな苦しんでるんだろ!」と思うんじゃないだろうか。だけど、こういう仕事はなくはないと思う。

たとえば大学教員は割とこの条件に当てはまっている。「人間関係」は微妙だけどね。たまたまアカハラ教員が身近に生息しているということもあるし。あと、「ペース」も、職階が上がるほど、わけのわからない会議が次から次へと入ってきてペースを乱されることになる。ただ、「環境」は、自分の研究室(個室)を整備することで落ち着けるものにすることはできるし、「適性」も生かせるだろう(たまに、自分がまったく専門でない授業を任されることはあるけれど)。

しかしわたし自身は、この気質を抱えたまま研究者をやっていくのがだんだん困難だと感じるようになっている。大学教員は職階が上がれば上がるほど強烈なストレスにさらされるようになってくる。自宅でゆっくり休むこともできず、オンライン会議が普及してからは、夜中に会議をやることも普通になってきた。HSPにとって、逃げ場をつくるのが重要な生存戦略なのだけど、大学に残っていると、そうした逃げ場がだんだん潰されて行ってしまう。

そう考えると、やっぱりフリーランスの仕事が一番良いのではないかと考えている。わたしも、研究と並行して翻訳の勉強をコツコツ進め、いざとなればフリーランスの翻訳業にシフトできるように準備している。研究者として、がんばれるところまではがんばるつもりだけど、たとえば五十歳くらいで「もう無理!」ってなっちゃったら、研究者以外のスキルがないと、本当に逃げ場がどこにもないから。実際に翻訳者になるかどうかは別にして、逃げ場はちゃんと確保しておきたい。

そういう姿勢を「卑怯」だとか「優柔不断」だと考える人もいるかもしれないけれど、自分を守るのは大切なことだ。自分に優しくできないと、他人にも優しくできないものだと思うし。逆に、人をむやみに傷つける人というのは、たいていの場合、追い詰められて逃げ場のない人たちだと思う。だから、逃げてもいい。実際、「逃げちゃダメだ」という強迫観念にやられたエヴァのシンジくんは、ニアサードインパクトを引き起こして世界中をめちゃくちゃにしてしまったわけだし。逃げ場をあちこちに作っておくのは、人間らしく生きるための大事な知恵だと思う。